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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)228号 判決

原告

関根明三

右訴訟代理人

小澤茂

外一名

被告

東京都千代田区

右代表者

高橋銑一

右指定代理人

山下一雄

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告は、原告に対し五三万一八〇〇円及びこれに対する昭和四六年一二月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

本件訴えのうち、都民税に関する部分につき、本案前の申立てとして「訴えを却下する。」旨の判決、右部分の本案及びその余の部分につき、主文と同旨の判決

第二当事者間に争いのない事実

1  (昭和四三年度分特別区民税及び都民税の賦課処分)

原告は、昭和四三年三月一五日神田税務署長に対し、原告の昭和四二年の所得税の確定申告書を提出したが、この申告書の氏名欄には、「関根明三」と記載され「明三」に「はるぞう」とふりがなされていた。また、原告に対する給与支払者であり源泉徴収義務者である東京都中央区(以下単に「中央区」という。)から東京都千代田区長(以下「被告区長」という。)に対し、給与支払報告書が提出された。

被告区長は、右確定申告書及び給与支払報告書に基づいて、原告に対する昭和四三年度分の特別区民税及び都民税につき、税額及び徴収方法を別表(一)記載のとおり決定し、これに基づいて、普通徴収分については昭和四三年六月一〇日付納税通知書(以下「(ア)通知書」という。)を「チヨダ区ソトカンダ町2丁目2番2号セキネハルゾウ」宛郵送し、特別徴収分については同年五月一〇日付をもつて、地方税法三二一条の四条一項後段の規定による通知書(以下「(イ)通知書」という。)を「千代田区ソトカンダ町2丁目2番2号セキネハルゾウ」宛交付の手続をし、右(ア)、(イ)各通知書は、いずれもその日付ごろ原告に送達された。

2  (昭和四四年度分特別区民税及び都民税の賦課処分)

原告は、昭和四四年三月一五日神田税務署長に対し、原告の昭和四三年分の所得税の確定申告書を提出したが、この申告書の氏名欄には、「関根明三」と記載され「せきねめいぞう」とふりがなされていた。また、前年と同様中央区から被告区長に対し給与支払報告書が提出された。更に、原告は、昭和四四年一〇月四日神田税務署長に対し、昭和四三年分の所得税の修正申告書を提出した。

被告区長は、右確定申告書及び給与支払報告書に基づいて、原告に対する昭和四四年度分の特別区民税及び都民税につき、税額及び徴収方法を別表(二)(1)記載のとおり決定し、これに基づいて、普通徴収分については昭和四四年六月一〇日付納税通知書(以下「(ウ)通知書」という。)を「チヨダ区ソトカンダ町2丁目2番2号セキネメイゾウ」宛郵送し、特別徴収分については同年五月一〇日付をもつて、地方税法三二一条の四第一後段の規定による通知書(以下「(エ)通知書」という。)を「千代田区ソトカンダ町2丁目2番2号セキネハルゾウ」宛交付の手続をし、右(ウ)、(エ)各通知書は、いずれもその日付ごろ原告に送達された。

また、被告区長は、前記修正申告書に基づいて、原告に対する同年度分の特別区民税及び都民税の普通徴収分につき、別表(二)(2)記載のとおり不足税額を決定し、これに基づいて、昭和四五年一月一〇日付納税通知書(以下「(オ)通知書」という。)を「チヨダ区ソトカンダ町2番2丁目2号セキネメイゾウ」宛郵送し、同通知書は、その日付ごろ原告に送達された。

(なお、以下においては、前記(ア)ないし(オ)の各通知書を合わせて「本件納税通知書等」といい、右各通知書にかかる特別区民税及び都民税の賦課処分を合わせて「本件特別区民税及び都民税の賦課処分」という。)

3  (滞納処分)

原告は、前記(ア)、(ウ)、(オ)各通知書にかかる特別区民税及び都民税の普通徴収分合計三八万九一〇〇円を、被告区長の督促状による督促にもかかわらず納付しなかつたので、被告区長は、昭和四六年三月一六日原告が株式会社富士銀行(本店)に対して有していた普通預金債権二〇万九〇〇〇円を差し押え、同月二六日これを取り立てて、前記普通徴収分のうち昭和四三年度分の第一期ないし第三期分及び第四期分の一部合計一四万三六〇〇円並びに右第一期ないし第四期分に対する延滞金六万五四〇〇円に充当し、更に、同年六月一日原告が株式会社三井銀行(堀留支店)に対して有していた普通預金債権二九万二一〇〇円を差し押え、同月一五日これを取り立てて、前記普通徴収分のうち昭和四三度分の第四期分の残額及び昭和四四年度分(修正申告書に基づく変更分を含む)合計二四万五五〇〇円並びにこれに対する延滞金四万六六〇〇円に充当した。

4  (特別徴収)

また、被告区は前記(イ)、(エ)各通知書にかかる特別徴収分合計三万〇七〇〇円を、昭和四三年度分については、同年七月から昭和四四年四月までの各月に、昭和四四年度分については、同年七月から昭和四五年六月までの各月にそれぞれ分けて、特別徴収義務者として指定した中央区から、その徴収にかかる徴収金の納入を受けた(以下「本件特別徴収」という。)。

第三争点

一  都民税に関する部分の被告適格及び請求の当否について

(被告の主張)

原告は、本件訴えにおいて、被告に対し、既に徴収ずみの原告にかかる特別区民税及び都民税の返還を求めているが、そのうち都民税に関する部分は、次に述べるとおり被告適格を欠く者に対する不適法な訴えであるから却下されるべきであり、そうでないとしても、被告に対する請求としては失当であることが明らかである。

(イ) 個人の都民税を課することができるのは、他方税法七三四条二項一号の規定により東京都であり、都民税の租税債権は東京都に帰属する。被告区は、同法四一条一項の規定により右都民税の賦課徴収にかかる事務について委任され、被告区長において右事務を執行しているにすぎない。すなわち、都民税に関しては、被告区長が行なう賦課徴収処分は、被告区と当該納税義務者との間に新たなて租税債権関係を生ぜしめるものではなく、地方税法の規定により当然に成立した東京都と当該納税義務者との間の租税債権債務を具体的に確定するとともにその履行を請求する行為にすぎない。したがつて、右都民税の徴収権に基づいて被告区が都民税を徴収すると、直ちに東京都の有する租税債権は消滅するのであつて、右徴収の効果は東京都と当該納税義務者との間に直接生ずるのである。

地方税法四八条、七三四条三項は、東京都の徴税吏員は右都民税の徴収について当該特別区の徴税吏員から徴収の引継ぎを受けて滞納処分をすることができるものとしているが、このことは、右都民税の租税債権が東京都に帰属していることを表わしているものと解すべきである。

(ロ) 原告の本件都民税にかかる徴収金合計一七万八〇八八円――内訳 特別徴収分一万三一二〇円、普通徴収分一六万四九六八円(うち延滞金三万六八四八円)――については、被告区が歳入歳出外現金として保管した後、地方税法四二条三項の規定に基づき、それぞれ収納した月の翌月の一〇日までに東京都に払い込みを完了したものであるから、右徴収金については被告区は何らの利得も保有していない。

なお、被告区は、右徴収金を東京都に払い込むまでの間、委任事務の執行としてこれを一時保管したものにすぎず、その帰属主体としてこれを保有したのではない。

(原告の主張)

被告区長が都民税として原告から徴収した金額を被告主張のように東京都に払い込んだかどうかは知らない。仮に、被告主張のような払い込みの事実があつたとしても、それは、徴収によつて歳入として被告区に一旦帰属した後、被告区から東京都に払い込んだのである。

したがつて、後記二の理由によつて不存在の賦課処分を前提とする無効な都民税の収納により、収納金額相当の利益を受け、これがために原告に損害を及ぼした者は被告区であつて、東京都ではないから、被告に対しその返還を求める本件訴えは、都民税にに関する部分についても適法かつ正当である。

二  本件特別区民税及び都民税にかかる徴収金の返還事由について

(原告の主張)

原告に対する本件特別区民税及び都民税の賦課処分は、次に述べるとおり不存在というべきであるから、右処分が有効に存在することを前提としてされた処分は当然無効であつて、これによる取立金は、被告区において法律上の原因なく収納したものであるから、これを原告に返還すべきであり、同様に、本件特別徴収による徴収金も、被告区において何ら法律上の原因なくして収納したものであるから、これを原告に返還すべきである。すなわち、

地方税法一三条は、地方団体の長は、納税者から地方団体の徴収金を徴収しようとするときは、納税者に対し文書により納付の告知をしなければならない、と規定し、同法一条一項六号は、納税通知書には納税者の氏名を記載するものと規定している。原告の氏名は、戸籍によつて明らかなとおり、漢字で「関根明三」と表示されるものであつて、「セキネハルゾウ」でも「セキネメイゾウ」でもない。したがつて、本件納税通知書等に納税者の氏名として「セキネハルゾウ」又は「セキネメイゾウ」と記載しても、原告の氏名を記載したことにはならないから、右納税通知書等による賦課処分は原告を納税者としてした処分ではない。

右のとおり、原告に対する本件特別区民税及び都民税の賦課処分は不存在であつて、被告は、法律上の原因なく原告の損失において合計五三万一八〇〇円を不当に利得したものであるから、原告は被告に対し、右五三万一八〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年一二月二九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張)

地方税法は、納税通知書等に記載される納税者の氏名の表示方法に関しては何ら規定していない。また、他の法令にも個人の氏名の表示に関する特別の規定は存在しない。したがつて、納税通知書等の氏名の表示方法については、社会通念上納税義務者を特定しうる方法をもつてその者の氏名を表示すれば足りると解すべきである。

本件についてみると、「関根明三」は、原告の戸籍に記載されている氏名の表示であるが、右の表示方法が原告の氏名の唯一、絶対の表示方法であるとされる理由はない。すなわち、「関根明三」が一般に通用している文字であると同じく、「セキネハルゾウ」も「セキネメイゾウ」も一般に通用する文字であつて、その通用力に差異があるはずがなく、「関根明三」をかな文字で表示すれば「セキネハルゾウ」ないし「セキネメイゾウ」であることは社会通念上当然認められるところである。

更に、原告肩書の住所ないしその近傍には原告と同姓同名の者は存在しないのであるから、本件納税通知書等の納税者の表示方法は、その住所の記載と相まつて、その名宛人が原告であることを特定させるに足りるものであることは明らかである。

第四証拠関係〈略〉

第五争点に対する判断

一本件訴えのうち、都民税に関する部分の被告義務について

原告の本件訴えは被告凶長の原告に対する本件特別区民税及び都民税の賦課処分が不存在であることを前提とし、被告区が収納し利得した徴収金五三万一八〇〇円は法律上の原因を欠くものとして、その返還を求めるというのであるから、原告が右利得の帰属者と主張する被告区を―都民税の関係についても―相手方として提起した本訴は、被告適格の点において欠けるところはない。

被告の主張は、要するに、個人の都民税の課税権は東京都がこれを有し、被告区は地方税法の規定により右都民税の賦課徴収事務を委任され、被告区長において右事務を執行しているにすぎず、被告区長が行なう都民税の賦課徴収の効果は、東京都と当該納税義務者との間に直接生ずるのであつて、被告区は都民税にかかる徴収金を東京都に払い込むまでの間一時保管するにすぎないのであるから、これについて何らの利得を保有する者ではなく、したがつて、本件訴えのうち都民税に関する部分については、被告とすべき者を誤つた不適法な訴えである、というのである。

地方税法七三四条二項一号、四条二項一号により、個人の都民税の課税権は東京都がこれを有し、その賦課徴収は、同法四一条一項、三一九条二項、七三四条二項一号、三項、七三六条一、三項の規定により、都の区域内の特別区が当該特別区の個人の特別区民税の賦課徴収の例により、当該特別区民税の賦課徴収と合わせて行なうものとされているため、当該特別区の執行機関たる特別区長においてこれを執行する関係にあり、その賦課徴収の効果は納税義務者と東京都との間に生じ、収納された徴収金は直接東京都に帰属属するものと解すべきであることは被告主張のとおりである。しかしながら、特別区も地方団体として財産権の帰属主体たりうる者である以上、右のような関係は、被告の徴収により被告に利得が帰属したとする本件請求の理由の当否に関する実体法上の問題であつて、被告がこれを訴訟法上の被告適格の問題としたことは、失当であるといわなければならない。

したがつて、本件訴えのうち、都民税に関する部分についての被告の本案前の抗弁は採用することができない。

二都民税にかかる徴収金の返還請求の当否について

本件請求のうち、一七万八〇八八円は、原告の昭和四三年度分及び昭和四四年度分の都民税並びにこれに対する延滞金として徴収された金額であることは当事者間に争いがない。

原告は、右金額も被告区に歳入として帰属したとして、被告区にその返還を求めている。しかしながら、前示のとおり、地方税法上、特別区は、個人の都民税の課税権を有せず、特別区長の行なつた賦課徴収の効果は、直接、納税者と東京都との間に生ずるのであるから、右都民税にかかる徴収金が当該賦課徴収事務を行なう特別区の歳入として特別区に帰属するはずのないことは事柄の性質上明らかであるといわなければならない。そして、本件において、被告区が原告の本件都民税にかかる徴収金を自らの歳入として収納したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、〈証拠略〉によれば、被告区においては、従来から、個人の都民税にかかる徴収金は被告区の歳入歳出外現金として保管し、一か月の集計額をまとめて収納した月の翌月の一〇日までに東京都に払い込んできたことが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

そうすると、仮に、本件都民税の賦課処分が不存在であるとしても、右都民税にかかる徴収金は被告の利得を構成せず、その返還義務を被告が負わなければならない理由はないから、原告の本件請求のうち都民税に関する部分は、既にこの点で失当であるといわなければならない。

三特別区民税にかかる徴収金の返還請求の当否について

原告の主張は、要するに、原告は戸籍上その氏名を「関根明三」と漢字で表示されている者であるところ、本件納税通知書等の納税者の氏名は「セキネハルゾウ」又は「セキネメイゾウ」と片かなで記載されているから、これらは原告に対する処分とはみられない、というのである。

確かに、戸籍上の氏名の表示は、当該個人に関する法律関係や社会生活関係のうえで当該個人を表象、特定するにつき基本となるものであるから、人は一般に、社会生活関係において、自己の氏名を戸籍に従い正確に表示されることを期待し、みだりに他人により自己の氏名の表示を改変して使用されないことについて利益を有するということができる。しかし、同時に、国語は、古くから片かなや平がなによつて漢字の音訓を表わし、これによつて漢字に代えることを許容し、慣用してきたのであつて、氏名の表示についてもその例外ではない。地方税法一条一項六号が「納税者の氏名」の記載について右の国語の用字法を排斥しているものと解すべき根拠はないのみならず、同法が地方税の賦課徴収につき納税通知書に納税者の氏名を記載すべきものとしているのは、処分の名宛人を氏名により特定させるためにほかならないのであるから、名宛人の氏名の称呼をかな書きすることによりその名宛人が誰であるかが客観的に特定される程度に明らかにされるならば、それによつて同法における納税者の氏名記載の目的は満たされるのであつて、その記載が当該納税者の戸籍上の氏名の表示に一致するのでなければ、その目的が達せられないというものでもない。

したがつて、ある納税者につき、その戸籍上の氏名が漢字のみによつて表示されている場合であつても、その氏名の称呼をかな文字で表わし、これを納税者の氏名として納税通知書等に記載することも、当該納税者の特定に欠けるものでない限り、処分の効力には何らの影響も及ぼさないものといわなければならない。

本件弁論の全趣旨によれば、原告の氏名は「せきねはるぞう」と呼称されるものであることが認められる。したがつて、原告の氏名を「セキネハルゾウ」と記載した前記(ア)、(イ)、(エ)の各通知書には、その住所の記載と相まつて名宛人の特定に欠けるところはなく、何らの瑕疵もないといわなければならない。また、「明三」は「めいぞう」と音読みすることも多く、前記のとおり、原告の昭和四三年分の所得税の確定申告書に「せきねめいぞう」とふりがなされていたくらいであるから、原告の氏名を「セキネメイゾウ」と記載した前記(ウ)、(オ)の各通知書には、処分の名宛人の特定を困難ならしめる瑕疵があるとはいえず、その住所の記載と相まつて原告を名宛人とする処分庁の意思は客観的に明らかにされているということができる。

そして、前示当事者間に争いのない事実によれば、現に、本件納税通知書等は、いずれもその日付ころ原告に送達されているのであつて、この点からみても、その名宛人の特定に欠けるところがなかつたものということができる。

したがつて、その主張の事由により右各賦課処分が不存在であることを前提として既に徴収された本件特別区民税及びその延滞金の返還を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というべきである。

第六結論

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

別表

(一) 昭和四三年度分

徴収方法

特別区民税(円)

都民税額(円)

通知書及びその日付

納税者の氏名

普通徴収

一二万七二六〇

六万二三六〇

(ア)

昭和四三年六月一〇日

セキネ ハルゾウ

特別徴収

八八八〇

六六二〇

(イ)

同年五月一〇日

セキネ ハルゾウ

(二) 昭和四四年度分

徴収方法

特別区民税額(円)

都民税額(円)

通知書及びその日付

納税者の氏名

普通徴収

一二万三二六八〇

五万九七六〇

(ウ)

昭和四四年六月一〇日

セキネ メイゾウ

(1)特別徴収

八七〇〇

六五〇〇

(エ)

同年五月一〇日

セキネ ハルゾウ

(2)普通徴収

(変更分)

一万一〇四〇

六〇〇〇

(オ)

昭和四五年一月一〇日

セキネ メイゾウ

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